ぱるばか日誌 2003                

 


7月1日 ヒグラシ

 昨6月30日、ここ養沢の谷で、ニイニイゼミおよびヒグラシの初鳴きを聞いた。
 ニイニイゼミはどうでもいいのだが、ヒグラシは好きだから、これも数年、初鳴きの記録を取っている。

  2002年 7月6日
  2001年 7月2日
  2000年 7月4日

 ということで、これも二千年期に入って一番早いようだ。
 もっとも今日は雨模様で、気温も22〜3℃ほどに下がったから、まったく音無しであるが。

 ところで私、ゴールデンウィークあたりから、ちょっとした実験を行っている。
 人間はどのくらい寒いと風邪を引くか、という実験だ。

 薄着をしていると、よく「風邪を引くからもっと着なさい」と言われる。
 子供の頃からずっとそう言われ続けてきたから、ちょっとでも寒いと、すぐに服を重ねる習慣がついてしまった。
 しかし、経験上、寒い思いをしたからといって、必ずしも風邪を引くわけではない。
 そこで、できるだけ薄着をして、いつ風邪を引くか実験しているという次第。

 この実験のヒントはいろいろあった。
 たとえば、Oshoがどっかの講話で、「顔はいつも露出している。だから身体だって、裸でも、いつか慣れる」みたいなことを言っていた。
 また肥田春充師は伊豆にある自宅で、戦前の三十数年間、奥方ともども、一度も火にあたったことがなかったという。
 修験道の行者も、ここ養沢の猿たちも、いくら寒くたって、山野で寝起きしているではないか。

 そこで私も、ゴールデンウィーク以来、家では基本的にランニング一枚、下は褌一丁か腰巻で過ごしている。
 幸い、まだ風邪は引いていない。
 今もランニング+褌だ。
 
 さきほど宅急便のお兄ちゃんが来たのだが、彼らは困ったことに、勝手に玄関の扉を開けるのである。
 玄関から私の部屋は丸見えであるから、仕方なしに私もこの格好で出ざるを得なかった。
 お兄ちゃん、目の遣り場に困っていた。

 ところで、まったく関係ないのだが、先日発売されたリビング関係の季刊誌「住む」(農文協刊)の22ページに、私が出てるからね。
 今年の冬、インドで撮られた写真だけど、西方浄土みたいなところで昼飯を食っている。
 ヒマな人は見てみて。

  7月6日 「アジズとの対話」発売!

 まあ、もう一ヶ月も前に発売されてんだけどね…

 今、ふと思い出したのは、プラブッダによる一連の翻訳。
 特に、『存在の詩』とか『究極の旅』とかいった、最初期のもの。
 あれは「熱い」本だったよね。

 最初はたしか、一章ずつ、謄写版かなんかで印刷したはず。
 『存在の詩』ね。
 それが後に、めるくまーるから出版された。
 数万部売れてるみたいだから、かなりのヒット。
 それでOsho、当時のバグワンが、日本で広く知られるようになった。

 私はその本を79年に手に取る機会があったが、当時はぜんぜんピンとこなかった。
 その七年後の86年に、ちゃんと読んだ。
 訳者が実際に耳で聴いた法話であり、また、後書きにはOshoと訳者とのやりとりが掲載されてたりして、触れるがごとき臨場感があった。
 Oshoもまだ生きていたしね。
 その点が、私の関わった一連の訳業との違いかな。
 けっこう大きな違いなのだよ。
 なぜって、紹介したいその本人が、もはやこの世にいないのだから。

 「79年に手に取った」というのは、実はアテネ行きパキスタン航空機の中だった。
 隣に座っていた変なヤツが持っていた。
 もしそのときマジメに読んでいたら、私の成長は七年早まっていたかも…
 ま、歴史に「もし」はないんだけどね。

 この『アジズとの対話』、やっぱりその手の本だと思う。
 ただ、『存在の詩』みたいに美しい物語じゃないからね、そんなに売れないだろうけど。
 いわば科学の専門書だからね。
 臨場感のかたまりだけど。

 舞台は三年半ほど前、インド・プーナ。
 当時はアジズの個人セッションも、簡単に受けることができた。
 私なども同時期、一日おきに受けたような気がする。
 (詳しくはこちら)
 でもアジズ、今春来日したときには、一度もセッションしなかったからなぁ。
 これも過去の記念碑になってしまうのであろうか。

 しかしキヨタカって、エライと思う。
 ちゃんとセッションを録音して、それを翻訳・発表までするんだから。
 オレなんかただ受けっぱなしで、ホント、申し訳ない限り。
 みなさん、せいぜい本書を読んで、それぞれの道を歩んでいただきたい。

 「アジズとの対話」 アジズ・クリストフ/天野清貴著 星雲社 1800円

 PS
 本書中に頻出する「P氏」ってのは、私のことじゃないからねっ! (^_-)P

7月13日 モア2

 ネット接続ってものも、なかなか一筋縄じゃいかないようだ。
 最近、どうも伝送速度が遅い気がする。
 それでスピードテストというページで測定するんだが、200k前後しか出ない。

 一年ほど前にフレッツADSLに加入した当時は、300kくらい出ていた。
 そして半年ほど前、フレッツADSLモアってのに変えたら、600kほどにもなった。
 別に配線などは何も変えていないのに、今は200k。
 だから最近はあまり快適にネットごっこできないのである。
 ウチから6kmほど街よりにある当社事務所では、電話局に近いせいか1M以上でるから、さすがに快適だ。

 先月、NTT東日本が、24MタイプのフレッツADSLモア2というのを発表した。
 電話局から遠い場合でもスピードアップするらしい。
 それでさっそく、先月末に申し込んだ。
 もうじき設置されるはずなので、どういう結果になるか楽しみだ。

 当社にはパソコンが数台ある。
 当然ながらいちばんイイのを私が使い、そのお古がShaktiに行き、そのお古が事務所へ行き、そのお古が青山の店へ行き、またインドの現場へ行く。
 なかなか複雑な重層構造である。
 (途中スキップすることもあるが)

 たとえば私がかつて愛用し、インドから伝説のプーナ97などを発信したPowerBook1400という機種は、その後、私からShaktiに渡り、そこから事務所へ行き、今は青山店でメールマシンになっている。
 96年秋に購入したものだから、今年で七年目。
 ノートの寿命は5年と言われる中で、かなりの長持ちだ。
 たいした故障もなく、名機と呼ばれるだけのことはあった。
 しかし、さすがに寄る年波には勝てず、最近、画面表示が少々おかしくなってきた。
 そろそろ引退かなと思う。

 そうすると私のPowerBookG4を下におろし、順次繰り下げを行うというのが筋ではある。
 しかし、あいにく昨年新調したばかりで、まだ買い換えるという時期ではない。
 それで適当な中古マシンを事務所用に買い、事務所にあるPowerBookG3(1999)を店に下ろそうと算段。
 ここ二週間くらい、ヤフーオークションを覗いている。
 PowerBookG3(2000)を一台ゲットしようと思って。

 あれ、なかなか面白いよな。
 予算は七万。
 昨晩、初めて入札してみた。
 オークション終了30分くらい前まで、私が66000円でトップだったので、これはイケルかなと思う。
 ところが、しばらくしてからもう一度チェックすると、終了一分前で、なんと82000円まで競り上がっている。
 まだ一分残っていたから再入札はできたのだが、だいぶ予算オーバーなので今回はあきらめた。
 オークションというのは、終了直前が勝負のようである。

 現在、別のPowerBookG3をターゲットに、私がやはり66000円でトップを走っている。
 ただ、残り時間がまだ5時間ほどあるから、情勢は予断を許さない。

***

 それから5時間後…

 予算ギリギリの七万円にて落札!
 ずーっと66000円で走ってたんだけど、終了九分前に誰かが入札したため、七万に上がってしまった。
 最後の数分間は、いつもながらちょっとしたスリル。
 まあ相場ってもんかな。
 あとは、中古品だから状態がどうかということ。

 Macって機種が少ないから、けっこう楽かも。
 オレなんか天秤座で優柔不断だから、Win機だったらあまりの選択肢に目を回してたかもね。
 


7月27日 モア2に変えた

 先日お話ししたNTTの新商品、フレッツ・モア2。
 私も今月始めに申込み、24日に開通した。

 ただ、今回はちょっと手こずった。
 ウチはNTTからADSLモデムをレンタルし、そこにNECのWBR75Hという無線ルータを取り付け、無線接続している。
 去年、フレッツの1.5Mからモアに変更したときには、拍子抜けするほど楽だった。
 ADSLモデムを交換し、モデムとルータの電源を落とし、入れ直しただけで、再開通。
 特別、設定作業をしたという憶えもない。

 今回はなかなか接続できず、久々にマシン類と格闘する。
 悪戦苦闘の末わかったことは、プロバイダ側にちょっとした変更があったということ。
 ウチはsannetと契約してるんだけど、モデムを設定する際、ユーザ名のところに「a24.」と付加する必要があったのだ。
 こんなことNTT側の資料にはまったく書いてないからね。
 プロバイダに電話して初めてわかった。
 突き止めるのに丸一日かかったぜ。
 ちなみに、もうひとつウチの契約しているプロバイダ「dolphone」の場合、何の変更もなくそのまま使えた。

 その結果として、二倍ほど速くなったみたい。
 苦労したほどの効果じゃなかったかなぁ…。


8月12日 セミとリトリート

 今日ツクツクボウシを聞いた。
 私の嫌いなセミである。
 なぜ嫌いかというと、小学生の頃の思い出に遡る。
 夏休みを信州上田の祖父母のもとで過ごした私が、八月末、東京に戻ると、きまって鳴いていたのがこのセミだった。
 東京は暑いし狭いし、もうじき学校は始まるし…。
 で、このセミが嫌いになった。
 信州にはいないのだ。こいつは。
 ちなみに好きなのはヒグラシ。

 ほかにも好きなセミはいるのだが、名前がわからないから書けない。
 二年前の六月、山梨・大月郊外の瑞岳院にてアジズのリトリートに参加したときのこと。
 二種類のセミが鳴いていて、なかなか風情があった。
 誰か名前を教えてくれないかな。
 標高八百メートルほどの場所だった。

 あさってからは伊豆修善寺でフーマンのリトリート。
 私も参加させてもらうことにした。


10月6日 タントラの女王

 日本語で「タントラの女王」というと、マ・クリシュナ・ラダであろうな。
 昨日、久しぶりに彼女に会ってきた。
 東京・目黒で著書の出版記念イベントがあったのだ。

 数年前からラダは、来日してOsho タントラを教えている。
 私もじつは、五、六年前、プーナのOshoコミューンで彼女のリードするグループに出たことがある。
 (しかし、そのときはあまりピンと来なかった)。
 その後、アジズに出会い、ここ四年ほど坐禅系の静かな瞑想に親しむことになる。
 で、そろそろタントラかなと思って、ラダの顔を見に行ったわけ。
 
 『タントラライフ』というその本。今回は英語から日本語に翻訳されての出版だ。
 さっそく一冊購入。
 もちろんラダのサインをもらう。
 ペンを片手に「なんて書こうか?」と聞くから、「なんでもいいからイタリア語で書いてよ」と言う。
 ラーダはナポリ出身のイタリア人で、私はイタリア人とイタリア語が大好きなのである。(ついでにイタ飯とナポリ民謡も)
 「僕の名前はParvaだよ」と言うと、「知ってるよ!」と応える。
 そう言えばむかしラダがOshoセレブレーションの来賓として来日したとき、私が司会かなんかをして遊んだのであった。
 
 ラーダは金色のボールペンで、
   Al grande Parva! Amore Radha
 と書いてくれた。
 すなわちだな、「偉大なるぱるばへ! 愛、ラダ」というわけだ。

 最後に、「読んだ後、感想を聞かせて」と言われる。
 Oshoとの関りや、いろんなエピソード満載で、なかなかおもしろそう。
 Oshoはタントラ・マスターであるしな。
 さて本書があなたや私のタントラライフに役立つであろうか!?


10月10日 ラダ著『タントラ・ライフ』

 たまには読書感想文もいいかと思って。

 先日、ラダ出版記念イベントで買った本書『タントラ・ライフ』。
 一読して、なかなか面白かった。
 ただ、ちょっと戸惑ったのは、おそらく本書のいはば二面的な性格によるものだろう。

 というのも本書には、読み物(タントラ的冒険譚)と、解説書(Osho タントラとは何ぞや)という、二つの要素が含まれているからだ。
 基本的には「読み物」だろうと思う。
 ただ、各章の前後や文中に解説書的な部分があって、それが「読み物」の流れに棹を差してしまう。
 しかしまあ、それも仕方ないのかもしれない。
 というのも、ラダは「モノ書き」ではなくて、「瞑想リーダー」なのであるから。

 しかし、ちょっともったいないかなあという気もする。
 特に前半部分、南イタリア出身の若い娘が初期プーナの実験的コミューンに飛び込んで、Osho との関りの中で様々な体験をするくだりなど、極めてダイナミックかつエキゾチック。(わが友人の日本人・弓道師範のアサンガまで登場!)。
 あるいは、後半で一時帰国してシチリアで「女祭司」をしたり、ナポリ湾の漁師と恋に落ちたりなど、まるでイタリア映画を見てるみたい。(タビアーニ風!?

)
 Osho や瞑想と関係ない一般の人々にも、じゅうぶんアピールする内容だと思う。
 女性が自分の性体験を、これほど明るく客観的に叙述できるのも、やはりラダならではであろう。
 これは女性読者のみならず、特に男にとってたいへん興味深いところである。

 だからもしオレが編集者だったら、きっとそうした部分を主にして、後半のオレゴン時代や後期プーナはサラッと流し、解説書的部分は大幅にカットして、ひとつの文芸作品を書いてもらっただろうなあ。しかる後に、Osho タントラないしラダタントラの解説書を、別個に書いてもらう。
 ま、望み過ぎか…。
 そんなに簡単に本も出せないし。

 というわけで本書は、大方において、Osho ファンのみならず、一般の人々にもお勧めできる本であろう。
 翻訳は、かつてプーナの翻訳部で私と机を並べたこともある、古いOsho 翻訳者アナンド・ソパン(澤西康史)。
 スワミ・ジュンのデザインによる装丁もきれい。
 
 Osho エンタープライズジャパン刊 1905円



11月12日 アタサ・ライブ in Nataraj

 しかし、最近のパソコンって、すごいと思う。
 音楽CDをMP3形式に変換してディスクに取り込みつつ、その音楽を奏で、同時にPhotoshopで画像をいじったり、こうしてHP編集ができちゃうんだから。
 というわけで今、音楽聴きながらのパソコンごっこである。
 CDは、昨夜買ったATASA『魂の詩』。
 あんまり期待していなかったんだけど、なかなかいいのだ、これが。

 アタサについては、三年ほど前ここに詳しく書いたから、ご参照願いたい。
 土佐出身の「いごっそう」男で、十数年前には伊勢でしばらく一つ屋根の下に共に暮らしたことがある。
 Oshoの弟子であるシタール奏者だ。
 シタールのほかに、横笛もよくする。
 昨夜は、インド・マニプールの竹笛のほか、珍しい中国・雲南の竹笛の音も聞かせてくれた。

 実は昨夜、東京荻窪のインド・レストラン「ナタラジ」でライブがあったのだ。
 純ベジタリアンのこの店、もはやご紹介の必要もあるまいが、本邦屈指のオススメ食事処である。
 右写真はそのときの模様。(photo by Tabdal)
 左側の女性は、共演者のヴォーカリスト、よしえちゃん。
 このアタサ、現在、高知県の山奥に住まいしている。
 ときどき東京に出てきてコンサートをするんだそうだ。

 昨晩はチャージなし、すなわち食事代だけで演奏を聴くことができた。
 これはまたとない馳走であった。
 ぜひまたやってほしい。

 ナタラジまで来られない人は、CDがお勧め。
 アタサ得意のシタールと横笛が、打楽器などを背景に奏でられる。
 インド・プーナで録音されたもので、Oshoコミューンで活躍するインド人の名手たちも特別出演している。
 笛のビクラムや、パーカッションのバタヤン、タブラのマニッシュなど。
 タブラというのはインド独特の手でたたく一対の小鼓だが、このマニッシュには私も手ほどきを受けたことがある。
 インド伝統のラーガとはまた違った瞑想的な音の世界が楽しめる、秀逸な一枚だ。

 『魂の詩』¥2500
 連絡先:0880-56-1137
 mail:atasa@rio.odn.ne.jp

11月25日 『風邪の効用』

 先日も書いたが、「寒い格好をすると風邪を引く」というのはひとつの信仰ではないか!?
 という疑問を、今年の春あたりから抱き、ときどき実験してきた。
 すなわち、伊達の薄着じゃないが、わざと寒い格好をして過ごしたりしたわけだ。
 その結果、今までのところ、やはりそのせいで風邪を引いたというケースはなかった。
 だからやっぱ、信仰なのではないか…。

 と、思っていたところ、先日、知人から一冊の本をもらった。
 野口晴哉著『風邪の効用』(ちくま文庫・600円)。
 著者は言わずと知れた野口整体の創始者。(ついでに「知人」というのはその直弟子)
 その本にはやはり、「寒いから風邪を引くというのはひとつの思い込みだ」というようなことが書かれていた。
 寒さにゾクッとして、ウッ風邪をひく! と思うと風邪をひくらしい。
 しかしそのとき、腹にグッと力を込めると、ひかないんだそうだ。
 きっと私も、腹に気合を込めて寒さに耐えていたので、風邪ひかなかったのかも。
 (ただ、冷えはいろいろ問題を起こすので、ヤセ我慢もいい加減にしたほうがよろしいが)

 ついでに、「風邪はうつる」というのも思いこみであるらしい。
 そういえば私も、風邪引き上手なpartnerと同室で寝起きしながら、風邪をうつされたという経験がほとんどない。
 ただし、風邪は寒さといろいろ関係あるらしいし、ウィルス性の感冒もあるわけだから、あまり単純に「思い込み」と片づけるわけにもいかないようだが。

 本書は今春、筑摩書房から文庫本として復刊されたもので、最大の特長は、「風邪は良いものである」という野口師の所論。
 なんでも、風邪というのは身体の自然な矯正・浄化なんだそうだ。
 だから風邪はひいたほうがいいらしい。
 ただし、迅速に経過させるのがコツだという。
 野口師自身もよく風邪をひくが、四十分から二時間で抜けたという。
 というわけで、風邪引きで困っている人には、目からウロコの一冊であろう。


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